確かにお金を使わないで得られるものはあります。
預金通帳を見る楽しみが増えるでしょう。
また、お金を持っていることによる安心感も得ることが出来ます。
経済的資産があるだけで心に余裕も出てくるということもあります。
そのため、ミニマリスト的な生活がもたらすものは大きいでしょう。
しかし、逆に失うことはないのでしょうか。
お金は使ってこそ価値のあるものです。
また、使わずに残したところで、経験や体験、知識技術なども使わないと得ることは出来ません。
お金を使わないということは、
自分が亡くなった時のことを考える人はあまりいないでしょう。
しかし、人間行き着く先は同じです。
例外は一つもありません。
明日も生きている保証はどこにもありません。
民法上、相続人がいない場合んお自分の資産は、最終的には国庫に帰属します。
第959条【残余財産の国庫への帰属】
前条の規定により処分されなかった相続財産は、国庫に帰属する。この場合においては、第956条第2項【管理人の計算義務】の規定を準用する。
自分が苦労して築いた資産が相続人がいない場合には国に帰属してしまうのはやるせないと感じませんか?
そうならないためにも、やはり資産は残さないに限ります。
そうなると、「今」を犠牲にして財を貯め込むことにもリスクがあると分かるでしょう。
ミニマリストと言えば、節約のイメージがありますが、節約しすぎても『機会損失』は免れません。
使わなさ過ぎるのも考えものです。
筋力と同じで、お金もほどほどに使っていかないと衰えてしまいます。
無駄をなくそうと思っても、無駄はなくならないものです。
元メジャーリーガーのイチロー選手が言っています。
「無駄がないと合理的になれない」
無駄をなくそう、キュウキュウに自分を縛っても、ひずみが生じてきます。
その結果、さらに無駄なものに資金を投下することもあり得ます。
最初からなければ、それもできません。
体の栄養も食べ物から摂取しますが、接種したもの全部が栄養になるわけではありません。
〝無駄な物〟は排泄します。
例えば、宝くじも〝愚か者が支払う税金〟と言われていますが、いまだに年末ジャンボなど、寒い中、わざわざ並んでまで買いに行く人がいます。
せっかく1年間節約してきたお金をみすみす政府にくれてやるようなものです。
なぜなら、宝くじの還元率は法律上50%ほどに設定されています。
当せん金付証票法第5条
「当せん金付証票の当せん金品の金額又は価格の総額は、その発売総額の五割に相当する額をこえてはならない」
以下のグラフを見ても分かるように、宝くじで実際に購入者に支払われる金額は宝くじ全体の収益の半分以下(46.9%)になってきます。
3割以上が公共事業に使われているとは言え、コロナ関連予備になどが12兆円も〝使途不明金〟になっている現状から考えても、この金額そのまま信用して良いかどうかはまゆつばです。
よく女性の方などが結婚相手のNG条件として「ギャンブル」を上げていますが、その人たちが年末に宝くじを購入しに行く様はある意味滑稽というか矛盾しており、ダブルスタンダードといえます。
還元率から考えると明らかに宝くじの方が〝ギャンブル〟なのですが…。
ちなみに競馬やパチンコの方が還元率だけ考えると宝くじより圧倒的に高くなっています。
人間合理的に生きているようでこういったところで合理的でなく、実は損している可能性があるのです。
節約しても、自分自身が合理的になっていないのであればまさに〝穴の開いたバケツ〟と同じで、ミニマリストのようにお金を使わない生活にもリスクがあると言えます。
節約分を宝くじなどで無駄にしてしまっては本末転倒です。
〝ミニマリスト〟という言葉でなんとなく「節約家」になった気でいるのでしょう。
勘違いしている人も多いと思いますが、ミニマリストというのは必ずしも〝節約家〟というわけではありません。
使うところにはお金をしっかりかけています。
何でもかんでも省略して捨てていけばいいというものではありません。
要は、自分の生活がより豊かになるように、限られた時間を資産の中で幸福や、経済学でいう「効用」を最大化しようという理念がミニマリズムです。
脳は膨大なエネルギーを使います。
1日の生活の中で、脳の働きは大きく、それ故にいかに効率よくエネルギーを配分していくかが求められています。
「小さな選択」ですら脳はエネルギーを使いますから、なるべくそれを避けて〝オートマチック化〟出来るかがパフォーマンスを最大限に発揮するためのコツになってきます。
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